自家製納豆製作記

/ 2011/04/08 /
わがやの食卓では3/12を最後に、納豆が姿を消した。
近所のスーパーやコンビニではごく少ない数で販売しているようだが(それも3/17頃以降の話で、それ以前は入荷未定になっていた)、開店後まもなく売り切れている模様で、仕事帰りに寄ってみると空の冷ケースに「おひとりさま一点まで」の張り紙がされているのみ。
納豆がなければ納豆を食べればいいのよ、というぐらい毎日しつこく食べていた私にとっては口寂しい話だ。
しかしとにかく手に入らないものは仕方がない、と黙って耐えていたら、家の者が「作る」と言い出した。納豆菌と大豆をオーダーしたという。

以下は今回実践したレシピです。

材料:大豆250g
   納豆菌(粉末)0.1g

1)大豆を水に浸す(18時間)。水の量はたっぷり。時間がたつと大豆が浸水して水かさが減るので、水は多めに。今回使用した大豆は中粒で、直径30センチほどの鍋に半分あるかないかぐらいの量だった。
2)浸水を終えた大豆を蒸す(大豆の重量は250gから583gになっていた)。
  圧力鍋を使用して40分。温度は不明。
3)納豆菌0.1gを10ccの湯冷ましで溶く。蒸し上がった大豆をボウルに入れ、納豆菌を投入、へらでよく混ぜる。
4)洗って焼酎で殺菌したタッパーに入れ、焼酎を吹き付けたクッキングペーパーをあいだにかぶせ(殺菌のため。豆には触れさせない)蓋をする。(3〜4までの作業は豆が冷めないうちに行う。雑菌の繁殖を防ぐため)
5)40°程度になるよう、温度を保って24時間保温する。
6)冷蔵庫に移して6時間おく。試食。ひとまず完成。

家では猫用に買っていた座布団サイズのホットカーペット(強弱切り替え付)があり、座布団/ホカペ/タッパー/毛布と重ねて、畳の部屋に置く、という形で保温した。
料理用の電子温度計をホカペとタッパーの間に差し込んで温度を見ていたが、途中、夜半に49°まで上昇してしまった。
これは発酵熱だそうで、ホカペの電源を切り、毛布を一時的に外すなどして温度を下げてみた。その後はおおむね操作は特に行わず、冷蔵庫に入れる直前の温度は36°だった。
温度が高い状態の時に近づいてみたらけっこうなアンモニア臭だったが、時間がたつにつれ匂いはおさまっていったようだった。

完成品はこんな感じになった↓ タッパーわけたけどふたつの入れ物で出来に差はとくになかった。市販の40gパックで15個ぶんぐらいできた。


アップにしてみる。豆の周囲が白くてしわしわ。まさに納豆。


試食からさらに24時間ほど経過した、翌日の夕食においしくいただきました。


大豆色のつるっとした見てくれの豆が混じっているが、それは皮がむけているだけで、味にばらつきはない。
糸の引きが強く、豆の味がしっかりしている、適度な噛みごたえのおいしい納豆だった。

私は試食したり柔らかすぎないほうがいい、などと横から口をはさむのが主な役割(つまりほとんど何もやってない)だった。
成功に気をよくしたのか、また作ってくれるらしい。
…というか、納豆菌のロットが分量多過ぎで、今回のレシピぶんなら相当数作れるぐらいあるらしい。



↑これが納豆菌の実物。科学実験用の試薬ぽい。
手前の小さい耳かきみたいなのが同梱されている匙で、今回のレシピ1回ぶんの0.1gは何とこれに1杯。
で、注文の最低ロットは、上の写真のブツ(3g入り)5個(笑)。
それでも欲しいという方は納豆素本舗へどうぞ↓
http://www.nattomoto.net/

大豆はどこか別なところから仕入れたらしい。これはお好みで、いろいろ捜してみるのもいいかも。
今回使用した豆は中粒ということでしたが出来上がりは立派なものでした(でかかった)。

三月雑感

/ 2011/04/02 /
四月になった。
個人の実感だけから言うと、2011年の三月は容赦なく過ぎ去った、と感じている。
3/11の震災当日から、時々眺めるだけだったtwitterなどを積極的に活用する機会が増えた。
それも今は、またふたたび静かに見ている状態に戻りつつある。
少なくとも実生活上での自分の周囲では、震災の翌週から、関心事の中心は首都圏での計画停電や交通網、品薄になっている物資の問題に移っていっていた。
それが正しいとも間違っているとも思わない。それはそうなのだろう、と思う。

宮城県石巻市在住の日下羊一さんのブログで、現地のかなり詳しい現状報告を読ませていただいている。
石巻市は父の生家のある土地で、5歳から10歳まで暮らしていた場所でもある。大人になってからは週末をよく過ごした場所でもある。
見慣れた町並みがまさに一変したことを知る。

ブログでは被害の状況だけでなく、そこでどんな復旧作業が続けられているのかも垣間見ることができる。
それを読んでいてつよく感じたことがある。実際、長い時間をかけて、今もこれからも当地の復旧に取り組んでいるのは、被災した方たちなんだ、と。
被災地で、今まさにヘドロを掬い上げ、こわれたものをとりのぞき、泥をはらっているのは、そこで今までもこれからも暮らす人たちなんだ、と。
そこには英雄とか報賞とかそれを讃えるとかいう話はない。
消防庁も自衛隊も、ボランティアも医療スタッフも、みんな尊い労力を傾けていらっしゃると思う。
それでも、誰に報じられることもなく、そこで日々黙々と大勢のひとびとがはたらいていることを、強く意識していたい。
がおんねようにすらいよ、と思う。それも無理な話なんだけど。

手前味噌

/ /
家の者がこのごろはまっている手作り品のひとつ、味噌がとうとう仕上がった。
味噌屋から通販で材料一式(大豆と麹と塩)を取り寄せ、豆を煮るところからはじめるのだ。



仕込んだのは去年の11月。途中何度か「かえし」を行って、先週ぐらいからだいぶ「たまり」が浮いているのに気づいていた。
味噌を仕込むのは二度目で、今回は黒大豆と米麹の組み合わせ。最初のはふつうの大豆と麦麹だった。



試食してみたところ、麹のせいなのかやけにマイルドな味がした。
前のロット「麦味噌」の残りと食べ比べ。
麦味噌のほうが味噌らしい味がする。黒大豆米麹味噌はもろみに近いような甘み。
「もろきゅう」方式で胡瓜につけてばりばり齧った感想です。他に在庫していた仙台味噌と香川の味噌も出してみた。
どれも美味しいけれどやっぱりうちのが…というのは愛嬌でなくほんとの感想。

そして空前の納豆不足により二週間と少し納豆が手に入らず悶々としていたら、今度は「納豆を作る」と言い出した。
普通、自家製の納豆とは煮た大豆に納豆を混ぜ込んで作るものをいう。
しかし今は納豆がないので納豆菌を手配した、という。届いたエクスパックの表示がこれ↓



なんだかいけない取引をしているような気分になる。
こちらは数日で出来上がるとのこと。一割怖くて九割楽しみ。

東北関東大震災被災者の方向けリンク情報【携帯閲覧可】0331/22:30更新

/ 2011/03/13 /
【0331/22:30更新】
携帯電話から閲覧できる情報リンク集です。
情報は流動的です。場所/問い合わせ電話番号などは時間の経過によって変化しています。
情報の確認は慎重にお願いします。


※クロネコヤマトは3/25より岩手/宮城/福島での集荷・配達を再開。
 一部地域ではひき続き営業所での受付のみとなっています。
 詳しくはhttp://m.9625.jpで確認を。

※佐川急便は3/24より岩手/宮城/福島での集荷・配達を再開。
 一部地域ではひき続き営業所での受付のみとなっています。
 詳しくは佐川急便で確認を。

北海道/東北/茨城/栃木/千葉の県ごとのライフライン情報。
項目別、地域別に分けられたいへん捜しやすい。
http://resource-info.appspot.com/

googleの携帯閲覧用災害情報特設サイト。避難所情報、道路の通行実積など含む、まとめ的なもの
http://goo.gl/keitai

公共性の高いリンク集。充電/トイレ/給水/炊き出し/ガソリン場所一覧など。
「被災者受け入れ情報」追加。避難受け入れ先の連絡先、戸数などの情報を検索できます
Hang in there TOHOKU

ラジオ福島の公式twitterアカウント。県内の身近な情報を頻度多めで更新中。
http://twitter.com/radio_rfc_japan

ラジオ福島の公式ブログ。毎日の環境放射能測定値(福島県内)が掲載されています。
がんばろう福島・がんばろう東北・がんばろう日本

朝日新聞社会グループの公式twitterアカウント。リアルタイムな供給情報や、被災地での生活面の注意点など
http://twitter.com/Asahi_Shakai

NHK仙台放送局のニュース、情報。最新情報は左上の「東北関東大震災」から。
http://www.nhk.or.jp/saigai/jishin/sendai/

mixiの東北地震コミュニティリンク集
http://mixi.jp/view_community.pl?id=5523215


ツイッターの地震情報特別サイト。携帯のみ閲覧可。
http://twtr.jp/earthquake

なごみコンテンツ、ほぼ日携帯版。
http://www.1101.com/m/

「愛書」って/電子書籍云々

/ 2011/03/03 /
ほぼ日の目眩く愛書家の世界を読み返してみた。荒俣宏氏の何万冊かの蔵書の中からとっておきを開陳いただきつつ、「愛書家とは何か」をやわらかくレクチャーしてもらうという企画。
「珍しい本を集める」というよーな地点を超えた、すさまじい話が展開されていておもしろかった。「もうこんなものは作られない」と何度か言われていたが、たしかに、豪華な本、贅沢な本をこしらえることそのものを楽しむ、なんて究極の享楽みたいなものは今の時代には成立しないのかもしれない。それを多くの人に届けられるかどうか、どれだけの人に知らしめるか、とかいう視点がかならず求められてしまいそうな気がする。それはたった一冊の本を、たった一人の要望の為に、とはあんまり相容れないのではないか。

だって、荒俣さんのような方がかかれば、そういう趣向の本ができそうなのに!と思うし、そう思うひとはたくさんいるんじゃないかと思うけれど、きっとそういうこと(愛書家向け秘蔵本の商業出版?)は起きないと思うのだ。
今ってわりと好きな物をすぐに大勢にひろめる、という方向に流れが向きがちなんじゃないかと思うけど、愛書家の世界そのものが多勢に無勢さと真逆なベクトルでできてる気がする。
荒俣さんが紹介したようなおそるべき本を電書にしてもたぶんほとんど意味がない。というか、愛書家のみなさんはそんなこと望んじゃいないんじゃないかと思う。「それ」がたくさんの人の手に渡ることより、「それ」が誰かの山をも穿つような思い入れにより「それ」が成立するためだけに存在する、という「事実」がコミであるからこそ価値があるように見える。
   *   *
電子書籍の話題になると、すぐに「本の変わりに電書を買うのか」みたいな話になってしまうけれど、本はただ単に「文字を見て情報を受け取る」だけのものじゃないのになあ、といつも思う。
「書籍」と付いているから敵対心を煽るのか。電子書籍のことは、本じゃなくてアプリの一種だとおもえばどうか。どうかと言われても困るかもしれないが。

前の行に続けて電子書籍についての考察を、100行ほどまで書いてみて、保存して、読み返して、結局消してしまった。
生業で現行の販売物としての電子書籍を扱っているものとしても(ふだんはおもに紙のDTPをやってるわけですが)いろんなことを思うのだけれど、そのなんだかんだな思いを、文字として特に残さなければならない、という気持ちになれなかったのだった。
とにかく「電子書籍」というものは、今、船頭多くしてやっとこ船が出たような状況で、これから十年か二十年か、ひとびとのあいだに行き渡っていくだろうと私は思う。受け入れる人も受け入れがたい人も、歓迎する人も忌避する人もいるだろうけど、出てった船は当分ぷかぷかしていくだろうと思う。もう、10年前とは違うのだ。

そんななかでひとつだけ、デジタル・アーカイブというものは、今ひとが思っているよりずっと大事なものなんですよ、ということだけは、ずっと思ってるし、今も思ってるし、この先もっとそうだろうと思う、とここに書いておこう。
東郷雄二さんの書かれた文章(橄欖追放第68回)の示唆するもの(定本の依拠)を、テキストにたずさわる者はより真剣に考えなければならない。

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