『硝子のボレット』15首選

/ 2018/01/26 /
桃色の炭酸水を頭からかぶって死んだような初恋
ジオラマの都市にも雪が降るように窓際にやる 泣いてもいいよ
父親の不在を二回くらいならわたしも武器にしたことがある
身体の見ている夢が精神の見ている夢にたどりつきそう
ひとふさの髪にくちびるあてられて濡れても蝶は飛べるのでしょう
バスタブはそういうことをする場所じゃない 夜を飛ぶ鳥を見ていた
とられたくないって横を向いたとき耳のかたちが異国の楽器
ひかりまみれあなたに移住するひとはひかりまみれになるって呪い
すばるすばるなにをされるか分からないまま気持ちよく生きていきたい
飛び降りる理由、飛び降りない理由ベッドサイドに並べる遊び
避けがたく朝は来る この夜よりもみんな、すこし、しあわせになれ
わたしの体をわたしのものにするために針と糸を用意する、ような
ひかりの深さをきみは知らないどれくらいおかされたって体じゃないか
きみの目にすみれの匂う墓地がある ひとを内側から刺したいよ
自意識が点滅しているよう なんて冷静に言うなよ怖いじゃないか

ちょっとした昔話になってしまうけれど、田丸まひるさんを知ったのはインターネットを介して、2000年代前半のことだった。彼女は当時高校生で、インターネットでの歌人たちの集まりやイベントに元気に、キュートに参加していた。当時、高校生がそうしたネット由来の歌人の集まりやイベントに参加して、活発に発言したり、作品を発信したりするのは少数だった。なので、その光景をとてもよく覚えている。そういう経緯から、「硝子のボレット」を手にした時、ほとんど親戚のおばさんのように、「よく来たねえ」という感慨を抱いた。実際にひとりでそう口にしたかもしれない。

嶋田さくらこさんの評に書いた「口からこぼれでる言葉が、そのまま空気を含み、ふんわりと球形を描いているような人」というのは、田丸まひるさんにもあてはまることだ。なにげない発言、つぶやきにも独特のリズムや間合いがあり、その語感がそのまま短歌にも生きている。口語のリズム感、固有の跳ね回る語感、言葉の斡旋に注意が払われていて、語りかけてくるような、体温が少し高めな読後感を残す歌群である。

「桃色の炭酸水を頭からかぶっ」た初恋、は言ってみれば爆死、成立しなかった恋の思い出なのだろう。にもかかわらず、カラフルで甘酸っぱくてショッキングだった、という感触がとてもよく伝わってくる。色彩と、炭酸の質感、頭からかぶるという行為の過剰さ。それらを一瞬にしてミクスチャーしてみせて、「つらいんだけどまぶしい」初恋の本質を突いた一首になっている。

歌集の中では大きくふたつ、「こいびと」をめぐる性愛の歌と、「夏のカルテ」などに見られる精神医療の現場からの、こころとからだをめぐる歌の潮流があるが、これらは根底で結びついていると思う。「身体の見ている夢」が「精神の見ている夢」にたどりつく、という感覚は、「わたしの体をわたしのものにする」ために針と糸を用意する、という感覚と隣り合う。「こころ」と「からだ」が離れてしまっていることへの違和と、コントロールがきかない絶望と、底の底にさえ、まだあるはずの希望とが入り交じっている。
「ひかりの深さをきみは知らない~」「きみの目にすみれの~」などの、感覚的な描写の上句から本意を伝える下句に移行するスタイルは、彼女の師である加藤治郎ゆずりといってもいい、抜群のキレっぷりである。

自意識が点滅しているよう なんて冷静に言うなよ怖いじゃないか

3句目が句割れ且つ1字空け、4句目が字余りの一首。解剖的にみればそういうことになるが、一読してたどたどしさを感じさせず、4句目からのスピード感が危機感、焦燥感をつのらせる。表記とリズムと内容が絡み合い、困惑を体現している。
これも、「こころ」と「からだ」の不整合性を扱った歌のうちに入るだろう。途切れていることに気づくから「点滅しているよう」だと感じるわけだ。途切れていると感じる瞬間を迎える辛さが、観察者として突き放したようでなく、受け止める一瞬のためらいごと表現されている。
歌集は後半に向かって、どんどん表現の抽象度が上がっていき、描かれる材の重さを、言葉がしっかりと支えている。

歌の感想、というか、余談めいたことを添えるとしたら、「武器」という表現が幾度か出てきて、立ち止まった。かつて「武器」を持ったもののひとりとして、娘たちに伝えたいのは、手にできるものなら、なんでも武器にしたらいいんだよ、ということ。
そうして生き抜いて、いつか「武器」はもういらないんだ、と思える日が、いつかきっと来ます。肩の力を抜いて、腕をおろして、指をひらいて、てのひらを自由にできる日を迎えてほしい。おばさんはそう願っています。

私がぼんやりしているうちに、まひるちゃんは昨年、次の歌集『ピース降る』を上梓された。
そんなわけで次回は『ピース降る』について書きます。


 
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