2011年下期点記

/ 2011/12/31 /
もう大晦日。かけ足での備忘録となってしまいました。

8月某日
7月末の骨董ジャンボリーで35mmカメラ「PETRI Color35」を購入。
ほんとは買うつもりはなかったのが、坂崎幸之助さんがお店番をしているムサシカメラで、二眼レフをあさっているうちに一目惚れしてしまい、迷った上で購入。坂崎さんのカメラトークが聞けて楽しかった。
沈動式のレンズ、距離とシャッタースピードを合わせてファインダー横の針が動くのを見るのがおもしろい。
家の者にお手入れしてもらって出動する。


家の近所にて。

9月某日
遅い夏休み。青森方面を訪う。東北新幹線を盛岡以北まで初めて乗った。
(傍注:旅行記を近日中にアップします)
八戸駅、七戸十和田駅は思ったより乗降客が多くて賑わっていました。この時点では仙台駅の修繕はまだ途中の様子でした(利用したツアーパックの関係ではやぶさには乗れず、仙台・盛岡など停車した)。
白神・五能線ツアーとすごく迷ったけれど、今回は奥入瀬・十和田・弘前方面を廻りました。
素晴らしかったです。絶対また行きたい。

10月某日
所属する俳句同人誌『恒信風』の同人で、河津の旅館「天城荘」の女将、蓮菩さんこと野澤美季さんの訃報を受ける。同人数人で教会の前夜式に参列し、式後に近くで献杯、皆さんの思い出話を拝聴する。私は生前お会いできたのは一度きりだったが、前夜式ではそのお人柄をたくさんお伺いすることができた。22時頃解散。

11月某日
この頃業務繁忙につき記憶曖昧。この月に限らず2010年後半から業務量、内容ともに増えて日々残業が続く。そのせいかどうなのか、今年は目・耳の不調が多かった。めまいも増加した。これは寄る年波のせいもあるのでしょう。主にディスプレイを凝視してデータを修正したり精査したり…という内容なので、業務中はぼーっとしてる余裕もない。首と腰も年間通して痛かった(運動不足ともいう)。帰ってから組版や手製本の製作を日々繰り返し。

12月某日
なんとか無事『鏡』3号の入稿にこぎつけ、足立の某社へ。主任こと猫様にお会いでき、うりうり、と腹を撫でさせてもらう。午後からの句会では唯一お会いしていなかった同人Hさんにお目見えかない嬉々。

12月某日
もうじき公演終了ということで、見納めにと舞浜の「ZED」へ。新年に見ているものだけど、内容がずいぶんと変わっていて驚いた。皆さんスキルアップ、スケールアップしていて、もともとすごいのが、もっともっとスゴくなっていた。
終演後、キャストがホールに出て来てくれていた。稲垣正司さんと握手することができた。2010年末、地下鉄のヴィジョンで稲垣さんに見惚れてたどり着いたステージだけに、「素晴らしかったです」とお伝えすることができただけでもう、うれしかったです。

12月某日
で、ぶじ『鏡』3号発行。この号では西原天気さんの句集『けむり』について書きましたが、よく考えたら句集評というものを書いたのはこれが初めてだったのでした。
台割を聞いた瞬間はちょっとおののいたものの、書いてみたら紙数が足りなくなってしまい、下書きは4分の1ぐらい削った。書きたいことがたくさん出てしまう句集というのは、とてもうれしい句集ではないか。はじめての句集評が『けむり』だったことは私自身にとってもうれしいことでした。

12月某日
PETRIに続き入手してしまったRICOHSuper44の試運転に及ぶ。ついにベスト判に手を出してしまったんである。Yashicaにくらべてなんという小ささ、軽さよ。ただ皮のケースについている純正のストラップが短すぎて(手提げ。首にはかけられない)そこだけはいけなかった。
現像に出したところ価格表に載ってるとか載ってないとかで出来日は後日連絡となる。ベタ焼きは手焼きしかないらしい。「ほんとうに」扱ってない、ということがよくわかった。
とにかく現像だけしてもらい、フラットヘッドスキャナでデータ化しようと思ったら、これがまた難儀なことで。ということに着手してから気がつく。
来年はこれをどうにかこなしていく手段を考えよう。まだ試合は終わってません。

夏来ぬといへばジョージの胸毛かな・7月某日日記

/ 2011/09/10 /
7月某日
制作を担当した俳句同人誌「鏡」の創刊のお祝い、及び同誌の八田木枯さんの第3回小野市詩歌文学館賞受賞お祝いの会に寄せていただく。
祝賀会は夕方からなので、その前の句会にも参加した。袋回しでないちゃんとした句会に参加したのは○年ぶり(何年かもうよくわからない)。

 夏来ぬといへばジョージの胸毛かな
 われも寝む猫のひたひの真ん中に
 ボートハウスにフナムシの這うばかり
 馬鹿になる猫のあぎとを持ち上げて
 野馬追の馬痩せてゐる薄暑かな
 橋も虚ろ車も虚ろ白雨かな
 揉瓜の分厚い瓜をよける箸
 夏菊や権現様に逢ひに行く

など出句。「ジョージ」の句に一雄さんが笑って、木枯さんにコメントをいただけた。もう、今日の任務は完了だ。
句会の後高円寺に移動、おいしい料理とお酒をいただきながらはじめてお会いする他の同人諸氏にもご挨拶。10時ごろ(だったか?)散会。

7月某日
先月末でさるさる日記が終了していたことに気づく。アーカイブを落としそこねたことにも。
あんな日記やこんな日記があったよなあ、と感慨にふける。

7月某日
念願の四万六千日詣へ、浅草に参る。夜が本番だろうとは思うが混雑を避けるつもりで昼めがけて突撃。

 

結果、昼間も混んでいた。晴天でものすごく暑い。陽射しが強く浴衣の襟が汗みずくだ。
ほおずきを購い、御参りして雷除けをいただく。
地下足袋でほおずきを商う姐御衆がかっこよかった。

7月某日
東京堂書店の3階・地方小リトルプレスコーナーで「ぽっぺん堂」の豆本を扱っていただけることになり、納品へ。日本豆本協会の田中栞さんにお声がけいただいた。急ぎめのお話だったのでとりあえず在庫と急遽造り足したものを持参する。
場所は階段を登ってすぐ右手の棚です。(傍注:8月に入って作家カード的なものを追加展示しました)

7月某日
東直子さんのお誘いで句会。おいしい料理をいただきながらひととおりの後、移動して袋まわし。酒に酔ったあとはだいたいぐだぐだになる。今日もそのくちだった。
袋まわしの席題は東さんの著作に登場する小人、「ミトンさん」。わたしの思うミトンさんは少々金切り声の長い白髯のお爺さん。にったり笑いの似合う、歯が丈夫そうな人だ。

 金魚玉かかへて渡る聖橋
 昼寝から覚めて真青の国へ行く
 くびすぢの汗疹かくしてゐるをんな
 祖父が来る荒神松の枝提げて
 肉団子刺してうれしい金の箸
 肉塊をかかへて秋葉原めぐり
 車座のミトンさん一人欠けてゐる

電子書籍ミニ句集「団栗交換日記抄」をリリースしました。

/ 2011/09/06 /
七月某日日記もあるのですがとりあえず告知です。
Pubooにてミニ句集「団栗交換日記抄」を公開開始しました。

2005年に作成した豆本「団栗交換日記」から抄出した13句で構成されています。
作成順からいうと「まるめろ主義」より以前の句です。
われながら硬直気味な句であります。

去年、「まるめろ主義」という和本の豆句集を作成したのですが

55mm×50mmの和本で、後ろにうっすら置いてある夫婦函に入っています。
この書体、組みの体裁を今回の電書で使ってみました。
(ちなみにこの写真の函入り豆句集は現在「東京堂書店」で発売中です)

セプテンバー、いいですね。漢字の角丸加減と「かな」が案外古風な趣を持っているところがたまらなく好きです。
タテヨコどちらの組みでも座りがいいのもいとおしい。

句集の組み方というと版面センターよりちょい上、ページ2句〜5句(全集や文庫はその限りではありませんが)というのがスタンダードかなと思いますが、もっとずっと脱力した感じを出したくて考えました。脱力したい。

表紙の書体はモリサワの「フォーク」です。

Yashica到来 6月某日日記

/ 2011/08/29 /
6月某日
めずらしく週末にあたった誕生日。お祝いにお気に入りのイタ飯屋に行く。
一度はつぶれてしまったかと心配したこの店は、テナント先のオーナーが変わったとかで移転したのだそうだ。メインの魚(黒鯛のポアレ…だったと思う)がたいへんうまかった。

6月某日
渋谷GallerySERの展覧会のため納品へ。会場まで軽く迷い(道を間違えた)汗をかく。

6月某日
誕生日プレゼントのカメラが届き、家の者にメンテナンスをしてもらい、試運転のため近所の公園へ。
フィルムカメラのモノクロ現像を習っているうちに二眼に興味を覚え、ついに買ってもらうことになった。Yashica-Dといいます。


↑この画像はiPhoneで撮りました

露出計(アナログ)を持ってうろうろする。ファインダーの眺めと左右の挙動が逆なのに慣れず「あー違う」「わー」などとうるさくする。
ブローニーフィルムをあっという間に1本使い、フィルムセットの練習にもなる(?)
(この後ブローニーの現像に苦しむことになるがそれはまた別の話。)

6月某日
GallerySERの展示を見る為にふたたび渋谷へ。すぐ隣の別ギャラリーでは6×6写真のグループ展のオープニングで、人が室内から溢れ出していた。写真は人垣でほとんど見えなかった。残念。豆本の展示を見てしばし購入活動の後、田中栞さんの豆本教室を覗かせていただく。思えば製本術をひとにきちんと習ったことがない。立て板に水、且つ細かいポイントをぽんぽんと話されて行く講座の様子にしばし見入る。

6月某日
骨休めに日光へ。生憎の天気だったけれど、東照宮、中禅寺湖をまわった。Yashicaをたずさえての旅。
慣れない撮影はそれでも楽しい。まんまと二重写ししているものが何枚かあった。


日光金谷ホテルにて。かんじんの行灯の文字が読めない

特に東照宮の家康廟への道程は靄って靄って幽玄のきわみだった。靄が動くのが見えるわ、ほんの少し先がもう見えないわ。
中禅寺湖へ向かう途中、いろは坂ではついに坂の下がまったく見えなかった。高所恐怖の人間にとっては都合のよいことだったかもしれない。眺望ゼロでしたが。残念…でもない。
中禅寺湖は途中まで湖が見えないほどの状態だったのが、中禅寺湖金谷ホテルのあたりで靄が切れ、湖と曇り空と青空が入り交じった景観に。
まあ、梅雨も開けきらない時期に訪ねたんだからこんなもんでしょうか。レアな観光ができたのかもしれない。強がりでなくそう思う。
宿泊先の日光金谷ホテルではニジマスのムニエルをいただいた。今回の旅行の裏テーマは「おしきせ」か?
翌日、「竜宮」という展望用の施設でホテルの写真展を見学。創業当時からのホテル室内や宿泊客たちの写真が満載で実に興味深かった。建物の脇には夏場に稼働するというプールと、冬場に稼働するというスケートリンクがある。どちらも現状は野ざらし状態で雨が溜まって藻が繁茂している。スケートリンクではいろんな種類のおたまじゃくしがすくすく育っていた。

5月某日日記

/ 2011/07/14 /
5月某日
かねてから行きたかった富岡八幡宮の骨董市に行く。天候不順ながら雨には遭わず。
和洋を問わずいろんな出店があったけれど、日本の民具や古道具がわりあい多かったような気がする。
特にあてもなくぶらぶらしていたところ、掘り出し物のカメラを発見、しばし悩む。
絶対に欲しかったものではないけれど、なかなかないデッドストックの完品、滅多に見ないレンズが付いている。お値段は少々お高く、値切るのは無理っぽい。
うーん…と会場を一回りして戻ったところ、すでに買い手がついていた。
そういうもんだよね、と後ろ髪を引かれつつ「深川めし」を食べて帰る。
お買い上げは半幅帯一本と古書数点。

5月某日
ねこの額にかさぶたができた。しかも傷はまだ生っぽい。実は先月の後半ごろにもかさぶたを発見していたが、ほどなくして消えたので「ひっかいたのかな」ぐらいに思っていた。同じ場所にできてしきりに掻いているので、これはいわゆるアレかなと思い、動物病院へ。
いわゆるアレとはカイセンというやつで、寄生虫の一種である。院長先生の見立てでおそらくそうだろう、とフロントラインと注射をしてもらう。
キャリーのなかでちびり、診察台から降ろした(勝手に降りてキャリーに逃げた)ら肉球を置いていたところに汗がたまっていた。猫も冷や汗をかく。帰ってほどなく猫はふて寝。疲れたんだと思う。

5月某日
猫は気ままな動物で、勝手に涼しいところを見つけてもぐりこむという話は本当なのか。気ままといえばそうともいえるが、家の猫には日々つけまわされている。寝室に行けば寝室へ、机に向かえば足下へ寄ってくる。風呂もトイレもついてくる。風呂やトイレを覗いているときのかわいさは異常だがシチュエーション的に写真が撮れない。残念だ。

5月某日
6月の展覧会の準備のためふたたび夜なべの日々になる。今度は渋谷のGallarySERで「手づくり豆本展」というのに参加する。会期は約10日。いつも思うことだけど、こういう会期だとどのぐらい作ったらいいのか。
1日こっきりの展示即売なら途中で売り切れという事態も想定できるし、まあ仕方ないと思うが(過去手売りした際はだいたい何かが売り切れてしまった)、一週間を超える期間のしょっぱなになくなっても困るし、ざくざく在庫するのも迷惑だろうと思う。
だいたい自分が作るものは見栄えのわりに結構手間がかかるものが多いため一日で大量生産することは無理だったりする。大量生産するべきであるとも考えていないけど。
とにかく品目を決めるべく過去のデザインデータをひっぱりだしたり直したりする。

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