5月某日日記

/ 2011/07/14 /
5月某日
かねてから行きたかった富岡八幡宮の骨董市に行く。天候不順ながら雨には遭わず。
和洋を問わずいろんな出店があったけれど、日本の民具や古道具がわりあい多かったような気がする。
特にあてもなくぶらぶらしていたところ、掘り出し物のカメラを発見、しばし悩む。
絶対に欲しかったものではないけれど、なかなかないデッドストックの完品、滅多に見ないレンズが付いている。お値段は少々お高く、値切るのは無理っぽい。
うーん…と会場を一回りして戻ったところ、すでに買い手がついていた。
そういうもんだよね、と後ろ髪を引かれつつ「深川めし」を食べて帰る。
お買い上げは半幅帯一本と古書数点。

5月某日
ねこの額にかさぶたができた。しかも傷はまだ生っぽい。実は先月の後半ごろにもかさぶたを発見していたが、ほどなくして消えたので「ひっかいたのかな」ぐらいに思っていた。同じ場所にできてしきりに掻いているので、これはいわゆるアレかなと思い、動物病院へ。
いわゆるアレとはカイセンというやつで、寄生虫の一種である。院長先生の見立てでおそらくそうだろう、とフロントラインと注射をしてもらう。
キャリーのなかでちびり、診察台から降ろした(勝手に降りてキャリーに逃げた)ら肉球を置いていたところに汗がたまっていた。猫も冷や汗をかく。帰ってほどなく猫はふて寝。疲れたんだと思う。

5月某日
猫は気ままな動物で、勝手に涼しいところを見つけてもぐりこむという話は本当なのか。気ままといえばそうともいえるが、家の猫には日々つけまわされている。寝室に行けば寝室へ、机に向かえば足下へ寄ってくる。風呂もトイレもついてくる。風呂やトイレを覗いているときのかわいさは異常だがシチュエーション的に写真が撮れない。残念だ。

5月某日
6月の展覧会の準備のためふたたび夜なべの日々になる。今度は渋谷のGallarySERで「手づくり豆本展」というのに参加する。会期は約10日。いつも思うことだけど、こういう会期だとどのぐらい作ったらいいのか。
1日こっきりの展示即売なら途中で売り切れという事態も想定できるし、まあ仕方ないと思うが(過去手売りした際はだいたい何かが売り切れてしまった)、一週間を超える期間のしょっぱなになくなっても困るし、ざくざく在庫するのも迷惑だろうと思う。
だいたい自分が作るものは見栄えのわりに結構手間がかかるものが多いため一日で大量生産することは無理だったりする。大量生産するべきであるとも考えていないけど。
とにかく品目を決めるべく過去のデザインデータをひっぱりだしたり直したりする。

4月某日日記

/ 2011/05/19 /
4月某日
四月末のイベントにそなえて豆本の試作品をこしらえる。通常の業務も昨年後半から押せ押せでさっぱり定時に帰れないので作業は勢い深夜に及ぶ。
作るといっても試作なので時間がたつばかりで進まない。試作は思いつきの試行錯誤だからはじまる→終わるとなるとは限らない。はじまる→うまくいく→すすめる→やっぱやめる→思い直してやりなおす、みたいなことの繰り返し。

4月某日
2ロットめの納豆製作、試食。気温が上がったせいか豆がやわらかめ。蒸す時間も保温の時間も少し減らしたらしいのに、納豆菌のご機嫌ははかりしれない。

4月某日
展示品をなんとか仕上げて搬入先へ送る。配送の遅れなども見越してぎりぎりより2日ほど早めに出す。四月下旬のこの時期、宅配の遅れはほとんど挽回していたが、万が一遅れたらほうぼうに迷惑がかかる。初日が平日のため設営には参加できず、前倒しでの作業だった。



今回の展示品は4冊組の丸帙入り和本「漱石百句」。帙は椿柄の印伝和紙で作った。季題ごとに一冊ずつ表紙を替えてある。大きさは一冊あたり40×55mm。写真の下にしいてある紙はほぼハガキサイズ(100×150mm)です。
こんな句を選んでみた。
 菫ほど小さき人に生れたし  漱石
 玻璃盤に露のしたたる苺かな
 かしこまりて憐れや秋の膝頭
 行く年や猫うづくまる膝の上
家の者に書見台を作ってもらったので開いて中も見せることができた。個人的にこの書見台に大ウケ。
帙のほかに夫婦函も作ってみたけれど寸法がシビアすぎて本をおさめられないことに気づく。とほほ…。このへんはまた次の機会に。

4月某日
震災からしばらくの間は通勤本が句集だった。小説や短歌はうまく頭に入ってこなかった。上の作品準備のために漱石俳句集を読んだり、一茶俳句集を読んだり、虚子五句集を読んだり、あとはiphoneをいじってツイッターを見たりInstagramを見たり。地下鉄の中は通信環境が不安定なので書き込みはロスることも多い。ので、ぼーっと眺めてるだけのことが多い。
四月は電車の遅れが頻発して、迂回ルートを捜したり遅刻したりすることが相次いだ。通勤時間はけして長いほうじゃないのに、こまわりがきかない。脆弱な通勤ルートしかないことに改めて気がついた。

4月某日
数日前から耳の中が痛痒かったのが、ついに水を飲んでも飯を食べても痛い、という事態に陥り、会社を遅刻して耳鼻科へ。アレルギー性鼻炎からくる外耳炎、との診断で耳洗浄、抗生物質などもらう。鼻炎はうすうす気づいてはいたけれど、なかったことにしていたのだった。逃げ切れなくなったということか。お初の耳洗浄は看護士さん二人がかりで押さえこまれ、悶絶。

4月某日
耳鼻科受診から三日ほどして痛みはひいた。鼻炎薬をもとめて薬局をさまよう。眠くならない薬がいい。小青龍湯をレッツトライ。

4月某日
無事「日本ホビーショー」開催。最終日に売り子のお手伝いに行く。空き時間にホビーショーのブースもざっとまわってみる。日本ボタン協会のコンペティション?の発表展示など見る.そういう会があるんですねえ。展示/即売は十人十色な内容で楽しかった。いろんな発想があるんだよねとあらためて思う。
とにかくひと段落、帰り足でお台場デックス東京ビーチ「1129 by Ogawa」でハンバーグを食べる。お好みで鉄板に押し付けて焼き加減を調節できるハンバーグ。だいすき。さいきんの酒といえばハイボールジンジャー。いい気持ちで飲んだらものすごく眠くなる。そういや昨夜はあんまり寝てなかった。

4月某日
小青龍湯はほとんど効果なかった。漢方でいきたかったのだが、無念。持続性カプセルとかゆー日に二回飲む普通の鼻炎薬に切り替える。初日、猛烈に眠くて悶絶。

自家製納豆製作記

/ 2011/04/08 /
わがやの食卓では3/12を最後に、納豆が姿を消した。
近所のスーパーやコンビニではごく少ない数で販売しているようだが(それも3/17頃以降の話で、それ以前は入荷未定になっていた)、開店後まもなく売り切れている模様で、仕事帰りに寄ってみると空の冷ケースに「おひとりさま一点まで」の張り紙がされているのみ。
納豆がなければ納豆を食べればいいのよ、というぐらい毎日しつこく食べていた私にとっては口寂しい話だ。
しかしとにかく手に入らないものは仕方がない、と黙って耐えていたら、家の者が「作る」と言い出した。納豆菌と大豆をオーダーしたという。

以下は今回実践したレシピです。

材料:大豆250g
   納豆菌(粉末)0.1g

1)大豆を水に浸す(18時間)。水の量はたっぷり。時間がたつと大豆が浸水して水かさが減るので、水は多めに。今回使用した大豆は中粒で、直径30センチほどの鍋に半分あるかないかぐらいの量だった。
2)浸水を終えた大豆を蒸す(大豆の重量は250gから583gになっていた)。
  圧力鍋を使用して40分。温度は不明。
3)納豆菌0.1gを10ccの湯冷ましで溶く。蒸し上がった大豆をボウルに入れ、納豆菌を投入、へらでよく混ぜる。
4)洗って焼酎で殺菌したタッパーに入れ、焼酎を吹き付けたクッキングペーパーをあいだにかぶせ(殺菌のため。豆には触れさせない)蓋をする。(3〜4までの作業は豆が冷めないうちに行う。雑菌の繁殖を防ぐため)
5)40°程度になるよう、温度を保って24時間保温する。
6)冷蔵庫に移して6時間おく。試食。ひとまず完成。

家では猫用に買っていた座布団サイズのホットカーペット(強弱切り替え付)があり、座布団/ホカペ/タッパー/毛布と重ねて、畳の部屋に置く、という形で保温した。
料理用の電子温度計をホカペとタッパーの間に差し込んで温度を見ていたが、途中、夜半に49°まで上昇してしまった。
これは発酵熱だそうで、ホカペの電源を切り、毛布を一時的に外すなどして温度を下げてみた。その後はおおむね操作は特に行わず、冷蔵庫に入れる直前の温度は36°だった。
温度が高い状態の時に近づいてみたらけっこうなアンモニア臭だったが、時間がたつにつれ匂いはおさまっていったようだった。

完成品はこんな感じになった↓ タッパーわけたけどふたつの入れ物で出来に差はとくになかった。市販の40gパックで15個ぶんぐらいできた。


アップにしてみる。豆の周囲が白くてしわしわ。まさに納豆。


試食からさらに24時間ほど経過した、翌日の夕食においしくいただきました。


大豆色のつるっとした見てくれの豆が混じっているが、それは皮がむけているだけで、味にばらつきはない。
糸の引きが強く、豆の味がしっかりしている、適度な噛みごたえのおいしい納豆だった。

私は試食したり柔らかすぎないほうがいい、などと横から口をはさむのが主な役割(つまりほとんど何もやってない)だった。
成功に気をよくしたのか、また作ってくれるらしい。
…というか、納豆菌のロットが分量多過ぎで、今回のレシピぶんなら相当数作れるぐらいあるらしい。



↑これが納豆菌の実物。科学実験用の試薬ぽい。
手前の小さい耳かきみたいなのが同梱されている匙で、今回のレシピ1回ぶんの0.1gは何とこれに1杯。
で、注文の最低ロットは、上の写真のブツ(3g入り)5個(笑)。
それでも欲しいという方は納豆素本舗へどうぞ↓
http://www.nattomoto.net/

大豆はどこか別なところから仕入れたらしい。これはお好みで、いろいろ捜してみるのもいいかも。
今回使用した豆は中粒ということでしたが出来上がりは立派なものでした(でかかった)。

三月雑感

/ 2011/04/02 /
四月になった。
個人の実感だけから言うと、2011年の三月は容赦なく過ぎ去った、と感じている。
3/11の震災当日から、時々眺めるだけだったtwitterなどを積極的に活用する機会が増えた。
それも今は、またふたたび静かに見ている状態に戻りつつある。
少なくとも実生活上での自分の周囲では、震災の翌週から、関心事の中心は首都圏での計画停電や交通網、品薄になっている物資の問題に移っていっていた。
それが正しいとも間違っているとも思わない。それはそうなのだろう、と思う。

宮城県石巻市在住の日下羊一さんのブログで、現地のかなり詳しい現状報告を読ませていただいている。
石巻市は父の生家のある土地で、5歳から10歳まで暮らしていた場所でもある。大人になってからは週末をよく過ごした場所でもある。
見慣れた町並みがまさに一変したことを知る。

ブログでは被害の状況だけでなく、そこでどんな復旧作業が続けられているのかも垣間見ることができる。
それを読んでいてつよく感じたことがある。実際、長い時間をかけて、今もこれからも当地の復旧に取り組んでいるのは、被災した方たちなんだ、と。
被災地で、今まさにヘドロを掬い上げ、こわれたものをとりのぞき、泥をはらっているのは、そこで今までもこれからも暮らす人たちなんだ、と。
そこには英雄とか報賞とかそれを讃えるとかいう話はない。
消防庁も自衛隊も、ボランティアも医療スタッフも、みんな尊い労力を傾けていらっしゃると思う。
それでも、誰に報じられることもなく、そこで日々黙々と大勢のひとびとがはたらいていることを、強く意識していたい。
がおんねようにすらいよ、と思う。それも無理な話なんだけど。

手前味噌

/ /
家の者がこのごろはまっている手作り品のひとつ、味噌がとうとう仕上がった。
味噌屋から通販で材料一式(大豆と麹と塩)を取り寄せ、豆を煮るところからはじめるのだ。



仕込んだのは去年の11月。途中何度か「かえし」を行って、先週ぐらいからだいぶ「たまり」が浮いているのに気づいていた。
味噌を仕込むのは二度目で、今回は黒大豆と米麹の組み合わせ。最初のはふつうの大豆と麦麹だった。



試食してみたところ、麹のせいなのかやけにマイルドな味がした。
前のロット「麦味噌」の残りと食べ比べ。
麦味噌のほうが味噌らしい味がする。黒大豆米麹味噌はもろみに近いような甘み。
「もろきゅう」方式で胡瓜につけてばりばり齧った感想です。他に在庫していた仙台味噌と香川の味噌も出してみた。
どれも美味しいけれどやっぱりうちのが…というのは愛嬌でなくほんとの感想。

そして空前の納豆不足により二週間と少し納豆が手に入らず悶々としていたら、今度は「納豆を作る」と言い出した。
普通、自家製の納豆とは煮た大豆に納豆を混ぜ込んで作るものをいう。
しかし今は納豆がないので納豆菌を手配した、という。届いたエクスパックの表示がこれ↓



なんだかいけない取引をしているような気分になる。
こちらは数日で出来上がるとのこと。一割怖くて九割楽しみ。

Instagram

 
Copyright © 2010 無頼派への道(仮), All rights reserved
Design by DZignine. Powered by Blogger